作家鷺沢さんについて印象に残ったことをつらつらと


by hazakura23
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1991年4月28日(3)

いよいよ本題へ。
1991年4月28日、日曜日のお話にいきます。
何故よくこの日を憶えているか、二日前の4月26日が金曜日で、私の父の命日であり、玄関に出ようと思ったら、思いっきり頭をぶつけてしまった、背が高いもので、目から星が出たとは大袈裟ですが、痛かったから、憶えています。
翌日、4月27日は土曜日、現在のように週5日制ではなかった、高校3年生の私でしたので、この日は日直だったと記憶しています。3年になって初めての。

そして、4月28日、日曜日。
朝から新聞のテレビ欄を見ていた訳でもありません。
ふと気付くと、今夜10時から、鷺沢さんがテレビの番組に登場するではありませんか。
あ、これは永久保存版だと思い、ビデオのセットの準備をしようと思いました。
関西では、毎日放送4チャンネル、東京では、TBS、制作は中部日本放送と言えば、名古屋のCBCになるのでしょうか。
『素晴らしく仲間」というタイトル名だと記憶しております。
10時から、待っていました。
ところが、その夜は、野球放送が延長し、ビデオは勿論今のように、スポーツ放送延長だからと言って、対応してくれることもなく、30分待ちました。10時になると案の定、前時間帯の番組「東芝日曜劇場」にテロップが出て、開始が30分遅れるとの表示がありました。

ようやく待って、10時30分になり、原稿を書いている、鷺沢さんが登場しました。
鉛筆を走らせている姿は流石に作家だと思いました。
30分じっくり見ることが出来ました。
外で夜中、ファミリーレストランで原稿を書いている様子や、そのときの話。そん中で「葉桜の日」に収められているもう一つの作品「果実の舟を川に流して」の店の名前「パパイヤボート」を、ファミレスのメニューの名前からとってことや、上智大学に当時通っていたのを、中退しようとしていたこと、そしてこれから向かう方向は考え中との話もありました。
また、「少年たちの終わらない夜」に収められている「ユーロビートじゃ踊れない」の誕生した、バーでお酒を飲んでいましたね。
賭け事もしていたな。「町に出よ…」にも登場する、罰ゲームありのトンでもない飲み物を競ってやってましてね。
生の声、そして姿を拝見し、本当に嬉しかった。
作品を手にとって、すぐに拝見できて、幸運だと思った。
「帰れぬ人びと」の収められている「かもめや…」の舞台となった実在するお店も紹介されてました。
実際は中には入ったことがなく、高校時代帰り道の反対の電車の駅でふと降りてあるいていると何とも言えない雰囲気のお店があり、昔懐かしいそこを訪れるシーンもあり、想像していた部分とだぶっていたと話されてました。

1991年2月のカレンダーが部屋の壁にかかっていたので、収録はそのころでしょう。
そして、ラジオたんぱの就職支援番組にも出演され、その収録場面が登場しました。
ラジオだから、収録シーンは見られないですね。たばこはすぱすぱ吸っていたな。
中・高校生女子に人気がある作家、女子大生作家で、最年少で文学界新人賞でしたから。(当時)

今でも忘れられないこの日でした。
ビデオ撮ったのですが、もう13年以上前のことです。
それ以降見ることなく、お蔵入りになったようです。

やはり応援する人の、実際の姿をテレビとは見られてよかった。
本当は生でお会いできればどれほどよかったか。
とっても元気な人で、七転び八起き、ご自分でも、私は
「転んでもただじゃ起きない」と言っておられました。
お父様のことにも触れておられたシーンがありました。
だから、この更新をしながら、本当に亡くなられたことが不思議でなりません。
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# by hazakura23 | 2004-12-19 12:39